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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)799号 判決 1997年12月25日

原告(反訴被告)

池田和彦

被告(反訴原告)

夏坂政善

主文

原告と被告との間で平成八年一月二二日に発生した交通事故につき、原告が被告に対して負担する不法行為に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

被告の原告に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

主文第一項と同旨

二  被告

原告は被告に対し、一一二六万一八五八円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告の惹起させた交通事故につき、原告が被告を相手にこの事故によって負担する損害賠償債務の不存在確認を求めたのに対し、被告が原告を相手に右事故によって被った損害賠償金の支払を反訴提起した事案である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  本件交通事故の発生

(一) 事故の日時 平成八年一月二三日午後〇時五五分ころ

(二) 事故の場所 川崎市中原区木月伊勢町二三〇八番地先交差点内(以下「本件交差点内」という。)路上

(三) 加害者 原告(加害車両を運転)

(四) 加害車両 普通乗用車(川崎三三な三四九一)

(五) 被害者 被告(被害車両を運転)

(六) 被害車両 自転車

(七) 事故の態様 本件交差点内を原告運転の加害車両が通過するに際し、加害車両で本件交差点内を左方から右方に進行していた被告運転の被害車両の後部車輪に衝突させて被告を転倒させた。

2  事故の結果

被告は、本件交通事故のために左記のとおりの入通院をした。

(一) 島脳神経外科整形外科医院

頭部打撲、頸椎捻挫、外傷性頸椎症、腰椎捻挫、右肘挫傷のため平成八年一月二三日から同年二月三日まで入院

(二) 秀島病院

平成八年二月一四日から同月一七日まで入院(甲五)

(三) 松井外科病院

平成八年三月一日から通院

3  責任原因

原告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたから自賠責法三条に基づき、被告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

4  損益相殺

被告は、自賠責保険から一二〇万円(内訳 治療費八三万一二六五円、諸雑費二万円、文書料八〇〇円、休業損害三〇万六〇〇〇円、慰謝料三一万九八〇〇円の合計一四七万七八六五円から二七万七八六五円を減じた額)の支払を受けた。(甲八)

二  争点

1  損害額

(一) 被告の主張

(1) 休業損害 二四〇万円

被告は、本件交通事故のため平成八年一月から同年三月までの間休業せざるを得なかった。この間の損害は一か月当たり八〇万円である。

(2) 逸失利益 九八〇万円

被告は、本件交通事故のため平成八年四月に勤務先を退職せざるを得なくなり、以後本件事故による傷害のため職に就くことのできない状況にある。本件交通事故がなかったならば少なくとも平成八年四月以降二年間は稼働することができた。

右の間の一か月当たりの収入は八〇万円であったから二年間で一九六〇万円となるところ、本訴においてはうち九八〇万円を請求する。

(3) 慰謝料 三〇〇万円

(二) 原告の答弁及び主張

(1) 休業損害について

被告は、本件交通事故のために休業しなければならないような状況にはなかったし、被告の主張する期間の収入がなかったのは被告の勤務先会社の支払能力がなかったがためである。

(2) 逸失利益について

本件交通事故と被告の退職とは因果関係がない。

2  過失相殺

(一) 原告の主張

被告の進行方向には一時停止の標識があったのであるから、相当の過失相殺がなされるべきである。

(二) 被告の主張

本件交通事故は原告の一方的過失によって惹起されたのであるから、被告には過失がない。

第三争点についての判断

一  損害について

1  休業損害 三二万円

被告は、本件交通事故当時、もと妻の経営するミツエ建設有限会社に勤務し、営業、経理などの業務に従事して一か月八〇万円の賃金の支給を受けていたが、本件交通事故によって傷害を受けた月である平成八年一月から被告が同社を退職した同年四月までの分の賃金の支給を受けていない。(被告本人尋問の結果)

被告は、右賃金の不受給は右会社に支給することのできる資金的余力がなかったからである旨の供述をしており、本件交通事故との関係については曖昧な供述をしている。

ところで、被告の島脳神経外科整形外科医院入院中の症状は、入院時後頭部から後頸部にかけての痛み、頸部から左上腕にかけての痛み、指のシビレ感、腰痛を訴てはいたが、歩行できる状態にあり、入院翌日の二四日から同年二月一日までの間はほぼ同様の症状の訴えをし、翌二日から退院した三日までの間は前頭部痛、後頸部痛を訴えていたものの、同日には軽快により退院となった。右入院初日の一月二三日にはCTスキャン検査を受けたが、異常所見は認められなかった。このように被告の症状は専ら主訴によるものであって、被告は、右の間の一月二八日と二月一日には外泊をし、一月二五日の午後二時から午後九時三〇分まで、同月三〇日の午後、同月三一日の午後一時から午後二時までの間外出しており、右の一月二五日の外出時には勤務先会社の銀行業務などに従事していた。

ところが、被告は、同年二月一四日、頭痛、左上肢シビレ感で前記のとおり秀島病院に入院したものの、この間に実施されたMRI検査で異常は認められず、CTの検査では古い脳血管疾患の痕が認められたのみであり、入院期間中の治療も被告の主訴による保存的治療であった。被告がその後通院している前記松井外科病院も同様に被告の主訴による保存的治療に止まっている。(甲四ないし六、被告本人尋問の結果)

右認定事実によると、被告の島脳神経外科整形外科入院一二日間は、この間外泊、外出がなされてはいたものの、本件交通事故によって被った傷害の治療のために必要であったものと認めることができるが、その後の入通院は、その必要性に疑問がある。

したがって、休業損害としては、一か月八〇万円の一二日間(一日当たり二万六六六七円)で三二万円となる。

2  逸失利益 〇円

被告は、本件交通事故のために職務遂行が困難となり、このために平成八年四月をもってミツエ建設有限会社を退職し、この後は生活保護費の支給を受けて生活している旨供述する。

しかし、被告の本件交通事故によって被った傷害の程度は前記のとおりであるから、このことと被告の右退職との間に相当因果関係があることを認めることは困難である。

したがって、この点に関する被告の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  慰謝料 四〇万円

本件交通事故の態様、これによって被告の被った傷害の程度など本件にあらわれた諸事情を総合考慮すると、被告の精神的苦痛を慰謝するには四〇万円が相当である。

二  過失相殺について

証拠(甲一、二、原告本人尋問の結果)によると、次の事実を認めることができる。

原告が進行してきた道路(以下「本件道路」という。)は、幅員が約六メートルのアスファルトで舗装された平坦な道路である。本件交差点は、本件道路と被告が進行してきた幅員四・八メートルの道路とが交差する信号機により交通整理の行われていない交差点である。

原告は、本件道路を時速約四〇キロメートルで本件交差点に向かって直進中、本件交差点の手前約一〇メートルの地点で本件交差点内で右方から左方に向かって横断し終わろうとしていた自動車の後部付近で左方から右方に向かって横断進行しようとしている被告運転の被害車両を発見し、急制動の措置をとったが、加害車両のバンパー付近を被害車両の後輪に衝突させた。

なお、原告運転方向から被告進行道路付近はブロック塀によって見通しが悪く、被告進行道路からの右方道路の見通しも同様に悪く、被告進行道路の交差点手前には一時停止の標識が設置されていた。

右認定事実によると、原告も本件交差点に進入するに際しては左右の安全を十分に確認し、見通しの悪い左方からの進入車両などの安全を確認すべき注意義務があったのにこれを怠り、本件交通事故を惹起させたのであるから、右義務違反の過失がある。他方、被告も、右方の見通しの悪い交差点内、しかも、折からの対向車両の後方からを進行するに際しては左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があったのに、これを怠り本件交差点内に進入した過失が認められる。

以上の原告と被告との過失を対比勘案すると、本件交通事故によって被った損害についてはその二割を過失相殺によって減じるのが相当である。

そうすると、被告の過失相殺後の損害額は五七万六〇〇〇円となる。

三  被告は、前記のとおり、自賠責保険から休業損害として三〇万六〇〇〇円、慰謝料として三一万九八〇〇円の合計六二万五八〇〇円の支払を受けているので、この金額を右損害額から差し引くと残金はないこととなる。

(裁判官 林豊)

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